あなたの今日の星占いが、
「第一位!とてもラッキーな一日!」と言われたら、
あなたはどんな一日を期待しますか?
7年ほど前に祖父母が亡くなった。
祖父はとてもとても優しくて、心配性。高校生の私が少し背伸びをしたヒールのサンダルを履いていると、
「まどなちゃん、そんなヒールのズック(靴)を履いたら、転んじまう。おじいちゃん心配だよ」
と言って、悲しい目をする。
町内の温泉旅行に行ったと買ってきてくれたお土産は、ピンクのクマのお人形だった。それも、赤ちゃん用の。そのクマをみて、
「おじいちゃんにとって、私は小さな赤ちゃんのままなんだ」
と、思わず笑ってしまった。
祖母は、とても強く冷静な人。
ラジオでやっていた椎名林檎の歌詞が良いと、チラシの裏にボールペンでその歌詞を書き、壁に貼っていた。
その紙には、
「一度栄し者でも、必ずや衰え行く」
と書いてあった。
遊びに行った私が、祖母の足の爪にマニキュアを塗ると、もう歩けないその足を嬉しそうに眺めた。
祖父母は、仲が良かった。
祖父は祖母の事が大好きでなんでも「おばあちゃんが喜ぶから」と言っていた。
あまり感情を表さない祖母は、祖父の「おばあちゃん大好き!最優先」を微笑みながら見つめることが多かった。
祖父が入院したのは、こんな梅雨の日だった。
もう90をとっくに過ぎていたが、祖父はとても元気で、
大騒ぎするような入院ではなかったと記憶している。
それでも、年老いた両親を心配して、母は病院まで往復3時間の距離を毎日車で通っていた。
祖父は「おばあちゃんを一人にしておけないから、俺は早く帰るんだ」と日に何度も言っていた。
私の母はそんな祖父の気持ちをよく理解していて、ある日の早朝に数時間かけて祖母を迎えに行った。そして、その足で祖父の病院まで祖母を連れていった。(私も同行した)
おじいちゃんに会えるなんて嬉しいとも、会いたいとも言わない祖母だったが、
「毎日こんなに雨が降って。。それでも、外出は気分転換になるわ」
と呟いた一言に気持ちが滲み出ているような気がした。
病院に着くとまずは、私が病室に入った。祖父は元気に洗濯を畳んでいて、
「まどなちゃん、おじいちゃんが早く帰りたいって言ってるって先生に言ってくれる?早く退院しないと。おばあちゃんが俺の帰りを待ってるから」
とふてくされていた。白内障の祖父の瞳は、晴天の色ともとれたし、梅雨の日の雨の滴ともとれた。
「おじいちゃん、今日はおじいちゃんが一番会いたい人を連れてきたよ」
と、廊下で待っていた祖母の車椅子を押して病室に入った。
祖母の顔をみた祖父は、
「あっ!」
と言い、
「朝の星占いで、俺の牡牛座が一位だったんだよ!どんな良い事が起こるかと思ったら、おばあちゃんが来てくれたのか!当たるな!星占い!」
と満面の笑みを浮かべた。
祖母は、「おじいさん、そんなことより早く退院してください!おじいさんがいないと洗濯ができなくて不便です」と照れ隠しに言って、ふふふと笑った。
それから数年して、祖母が入院した。
こんな事を書くと、過去の自分のただの言い訳と後悔を垂れ流しているだけになってしまうが、当時の私は論文の執筆に忙しく、また、まさかそんなに祖母が悪くなっていると思っていなかった。
祖母が良くないと聞き、病院に駆けつけると、
「まどなさん?だれ?忘れちゃった」
と言われた。手術の後遺症だった。泣いてはいけないのに、涙が頬をつたい、涙は拭えても祖母に会っていなかった後悔は拭き取れなかった。
「まどなさん?あなた、はやくお嫁さんになりなさい。お嫁にいって家族を作るの」
と、祖母は祖母にとって初対面かもしれない女に言った。
祖母に会ったのはそれが最後だった。祖母の知らせを聞いた時、涙を堪えることができず、トイレで一人泣いた。祖母のもとに駆けつけても、もう話をする事ができない。祖母は私の事を忘れてしまった。亡くなる時、祖母は寂しくはなかったのか。拭っても拭っても涙が頬を流れた。
時を同じくして、祖父も入院していた。祖母の入院していた病院とは違い、祖父は検査のために病院にいた。
祖父のお見舞いに行くと、
「俺は早く帰りたい。おばあちゃんを迎えに行って、家に帰るんだ」と怒っていた。そう怒りながら、持っていたヤクルトを飲み干した。
祖母が亡くなり家に帰るのと合わせて、祖父も退院をした。
祖父が帰宅すると動かない祖母の前で涙を流す親族がいた。それを見て祖父は全てを察した。泣くでも、声をあげるでもなく、祖父は「もう、泣かなくて良いよ」と静かに言った。
祖母が亡くなって2ヶ月後、祖父が亡くなった。祖父が亡くなったと聞いた時、祖母の時ほど涙は出なかった。祖父は退院後もとても健康そうに見えたが、老衰で亡くなった。
2ヶ月後というその短い期間はまるで、
「泣かなくて良いよ。おばあちゃんが寂しがるから、俺もはやくおばあちゃんの所に行ってやらねぇと。だから、泣かなくていいよ」
と祖父が言っているのを意味したように思えた。
そして、祖母もまた、
「おじいさんがいないと不便で不便で。だから、はやくこちらに来てください」
と言っているように思えた。
私は、その日の自分の星座が一位だと嬉しい。祖父の喜ぶ姿を思い出すから。
その日の運勢が最下位だとちょっとしょんぼりする。でも、星占いを見るだけで、祖父母がまだどこかで生きていて、同じ星占いを見ている気がする。